パワハラを理由とする懲戒免職処分を有効とみとめた最高裁判決

最高裁判所で、パワーハラスメントを行った消防職員に対する懲戒免職について、違法とした高裁判決から一転、有効とした判決が出ました。

本件は、糸島市(上告人)の消防職員であった「被上告人」が、任命権者である糸島市消防長から、部下に対する言動等を理由とする懲戒免職処分を受けたため、その取消しを求めるとともに、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案です。

判決文によれば、消防本部において、平成28年6月頃、消防職員を対象とした職場環境改善に関するアンケートが実施され、職場にパワー・ハラスメントがまん延している、数年間で若手の職員が3名退職したのは職場環境が原因である、外部調査等の対処をしてほしいなどの回答が出されました。また、糸島市長が、消防本部でのいじめやしごき等を原因として数年間で6人の若手の職員が退職し3人の職員がうつ病等のため休職していること、「被上告人」が訓練の名を借りていじめやしごきをしており、暴言も度を越していること、加害者が複数おり、そのトップにいるのがc課課長補佐のAであること等の記載があり、定期的に行われるアンケートに指摘しても何も変化がないとして、実態調査のための調査委員会の設置を要望する消防職員有志一同名義の文書の提出を受けました。これを受けて、糸島市長は、同月以降、消防職員に対する事情聴取を実施するなどしました。

「被上告人」は、平成15年頃から平成28年11月までの間、少なくとも10人以上の部かにハラスメント行為を行ったことが認定されました。以下はその一部です。

  • 平成23年10月頃から平成24年3月頃までの間、採用後1年にも満たない部下に対し、訓練やトレーニングに係る指示や指導として次の各行為をそれぞれ複数回行った。
    • Hの身体を鉄棒に掛けたロープで縛った状態で懸垂をさせ、同人が力尽きて鉄棒から手を放すと、上記ロープを保持して数分間宙づりにし、更に懸垂をするよう指示した。
    • 雑巾掛け競争を行わせ、これに負けたペナルティとして、腕立て伏せ等をさせた
  • 平成21年4月頃から平成22年3月頃までの間、Dに対し、次の各行為をした。
    • 職員が参加する旅行で訪れた宿泊施設において、Dを呼び出し、「とりあえずそこで腕立て伏せしよけ。」と命じた。同人が、約5分間、腕立て伏せをした後、部屋に戻ったところ、被上告人は、Dの携帯電話に電話をかけ、留守番電話に「ぶっ殺すぞ、お前。」と大声でメッセージを残した。
    • 日常的に「このストレッサーが。」「ぶっ殺すぞ、お前。」「お前は俺の近くにおるな、死ね。」「お前はできん。」「お前は俺にストレスを与える。」「死ね。」などと言った。
  • Oに対し、次の各行為をした。
    • 平成26年11月頃から同年12月頃までの間、「上が抜けて俺が中隊長になったら、お前みたいな奴は、やるけんな。俺の息子の方が頭いいぜ。お前みたいなできん奴は、とことん理不尽で殺すけんな。今は次長の下におるけど、すぐおらんくなるけん、お前分かっとろうな。お前、考えとったがいいぜ。Pの下におっても何もならんけんね。」などと言った。
    • 平成27年11月16日、パワー・ハラスメントに関する研修の終了後、「お前、今日の研修、オアシス研修やったろうが。気持ちよかったろうが、お前みたいな奴は。だいたいお前、どう感じたとや。」「お前みたいな奴がおるけん駄目になっていくったい。現場活動ができんったい。お前みたいな甘い奴がおるけん消防が弱くなっていくったい。だいたいお前、俺の家が火事んなって、お前がへまして俺の家燃やしたら分かっとろうね。覚えとけよ。訴えるけんな。」などと言った。

糸島市消防長は、これらの部下に対する言動等を理由とする懲戒免職処分を行いました。

これに対して、「被上告人」は、本件処分の取消を求めて提訴し、第1審では、この懲戒免職の取消しを認容する第1審判決が言い渡されました。

つづく高裁では、本件処分の取消請求及び損害賠償請求の一部を認容すべきものとしました。「被上告人」がした各指導は、訓練やトレーニングとして通常行われる範囲を逸脱したものではあるけれども、逸脱の程度が特段大きいとまではいい難いことなどをあげたうえで、①被上告人がした非違行為による他の職員及び社会に対する影響が特に大きいとまではいえないこと、②被上告人が、本件処分以前に懲戒処分を受けたことがなく、訓練やトレーニングの際の指導等につき個別に注意等を受けたとの事情も見当たらないこと、③被上告人が一定の反省の態度を示していることなどを考慮したうえで、本件処分を違法なものとしました。

しかし、最高裁では、

本件各行為のうち各指導は、「本件各行為は、部下に対する言動として極めて不適切なものであり、長期間、多数回にわたり繰り返されたものであることにも照らせば、その非違の程度は極めて重い」こと、また、「各指導を含む本件各行為が、部下に対する悪感情等の赴くままに行われた部分が大きかったことからしても、被上告人が本件各行為に及んだ経緯に酌むべき事情があるとはいえない」こと、「甚だしく職場環境を害し、上告人の消防組織の秩序や規律を著しく乱すものというべきである」こと、「消防組織においては、職員間で緊密な意思疎通を図ることが職務の遂行上重要であること」、「多数の職員が被上告人の職場復帰に反対する旨の書面を提出したこと」などを指摘したうえで、懲戒免職を選択した消防長の判断について、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできないとしました。

本判決は、消防職員の職務の性質上、厳しい訓練が必要となるという特殊な事情を認めつつ、指示や指導としての範ちゅうを大きく逸脱する各指導が許容されることを認めなかった事案として、パワーハラスメントの処分を検討するうえで参考になるものです。

お問い合わせはお気軽に。043-245-2288

参考リンク

令和7年9月2日 最高裁判所第三小法廷 判決(裁判所HP)

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