世界の労働基準監督署からVOL011:亀戸労働基準監督署

前回、事件の概要と原審の判決までを判決文に沿って紹介しました。今回は、最高裁の判断について取り上げますが、結論を先に言えば、最高裁は原審の判決を破棄・差し戻ししました。

判決では、労基法37条の割増賃金を支払ったものといえるためには、「通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要」としました。そのうえで、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているかどうかの基準を、「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当等に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの諸般の事情を考慮して判断すべき」としました。今回の判決では、後で見るように、労働者に対する説明や実際の労働時間が重視されたところに特徴があると言ってよいでしょう。

また、判断に際しては、割増賃金が「時間外労働等を抑制するとともに労働者への補償を実現しようとする趣旨による規定であることを踏まえた上で、当該手当の名称や算定方法だけでなく、当該雇用契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないと」しました。以上が、残業代の支払い方に関する最高裁判所の基本的な考え方ということになります。

では、本事件では、どのように当てはめをしたのかみてみましょう。判決によれば、「新給与体系の下においては、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される本件割増賃金の総額のうち、基本給等を通常の労働時間の賃金として労働基準法37 条等に定められた方法により算定された額が本件時間外手当の額となり、その余の額が調整手当の額となるから、本件時間外手当と調整手当とは、前者の額が定まることにより当然に後者の額が定まるという関係にあり、両者が区別されていることについては、本件割増賃金の内訳として計算上区別された数額に、それぞれ名称が付されているという以上の意味を見出すことができない」とされました。そして、このような性質の「本件割増賃金」が、「全体として時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否か」が焦点となるわけです。

判決文では、旧給与体系の通常の労働時間の賃金額を1時間当たり平均1300~1400円程度であったとする一方、「調整手当」の導入の結果、新給与体系では、仮に基本給等のみが通常の労働時間の賃金であり本件割増賃金は時間外労働等に対する対価として支払われるものとすると、通常の労働時間の賃金の額は、平成27年12月~平成29年12月のうち勤務がほとんどなかった期間を除いた19か月間を通じ、1時間当たり平均約840円となり、旧給与体系の下における水準から大きく減少することになることを指摘しました。

また、調整手当の額も、上記19か月間の1か月当たりの時間外労働等は平均80時間弱であることを前提として算定される本件時間外手当をも上回る水準であることからすれば、本件割増賃金(これには調整手当を含む。)が時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金が支払われることになるとしました。要するに会社が割増賃金として支払っている額が、実際の時間外労働と比べて極端に長いというわけです。

さらに、このような制度を導入するにあたって、一応の説明がされたとしても、「基本歩合給の相当部分を調整手当として支給するものとされたことに伴い上記のような変化が生ずることについて、十分な説明がされたともうかがわれない」と、会社側の説明が不十分であったことも指摘されています。

以上を踏まえて、最高裁は、「新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系である」としたうえで、本件割増賃金について、「その一部に時間外労働等に対する対価として支払われているものを含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも含んでいる」、つまり判別することができないとして、労基法37条の割増賃金を支払ったとは認められないと結論づけました。

以上のように、本判決では、割増賃金として支払っていた「調整手当」について、本人への説明状況や実態との乖離の程度を踏まえて、調整手当は純然たる割増賃金ではなく、「通常の労働時間の賃金」も含まれているとしたうえで、判別性要件を満たさないことから、本件割増賃金によって労基法37条の義務を果たしたとは認められないと判断したものと、筆者は考えています。

歩合給制では、この事例のように一部を割増賃金としている支払っている事例が見られるところですが、一切追加の支払いが発生しないような設定の場合には、否定される可能性があります。筆者は、今のところ、いくら残業をしても割増賃金が事実上増えない仕組みという意味で国際自動車事件と類似する裁判例ではないかと考えていますが、今後の研究者や弁護士の評釈を待ちたいと思います。

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参考リンク

裁判例結果詳細(裁判所HP)