病院、診療所に勤務する医師(医療を受ける者に対する診療を直接の目的とする業務を行わない者を除く。)又は介護老人保健施設、介護医療院に勤務する医師について、2024年4月から時間外労働上限規制や追加的健康確保措置の対象となることとされています。これに関して、厚生労働省がさまざまな資料を公表しており、一部は本サイトでも紹介していますが、今回はQ&A集のうち、実務上重要なものを取り上げたいと思います。

そもそも、医師であっても適用される規制が異なることに注意が必要です。

労基法141条1項および同条4項の「医業に従事する医師」とは、医行為を、反復継続する意思をもって行う医師をいうものとされています。その上で、同条第1項では「医業に従事する医師(医療提供体制の確保に必要な者として厚生労働省令で定める者に限る。)」と定め、同項の適用においては「医業に従事する医師」に更に限定をかけています。

そして、労基則附則69条の2において、次のものを「特定医師」と定義して、特別な規制を行うこととしています。

  • 病院もしくは診療所で勤務する医師(医療を受けるものに対する診療を直接の目的とする業務を行わない者を除く。)
  • 介護老人保健施設もしくは介護医療院において勤務する医師

逆にいうと、上記に該当しないものは、医師であっても、特定医師には該当しないことになります(Q&A1-1)。たとえば血液センター等の勤務医や産業医、専門業務型裁量労働制が適用される医師は特定医師に該当しません。

このように、労基法第141条第4項は「医業に従事する医師」に適用されますが、同条第1項は「医業に従事する医師」のうち「特定医師」にのみ適用されるという違いがあります。したがって、特定医師以外の偉業に従事する医師については、一般の時間外・休日労働の上限規制が令和6年4月1日から適用されます(Q&A1-2、1-3)。なお、歯科医師、獣医師は「医業に従事する医師」に該当しません(Q&A1-4)

特定医師に適用される時間外労働の上限規制等は下図の通りです。

ところで、医師は複数の病院や診療所で勤務することも少なくありません。そのような場合の時間外労働の取り扱いはどのようになるのでしょうか。

この問題を考えるうえでは、まずQ&A3-1を見ておく必要があります。

労基法141条2項に規定する上限と同条3項に規定する上限の話をしなければなりません。

141条2項に規定する上限とは、36協定において協定する際の上限(36協定により労働時間を延長することができる上限=「特別延長時間の上限」)を指します。本上限は、副業・兼業の有無にかかわらず、自らの医療機関における時間外・休日労働時間のみで、上限の範囲内とする必要があるものです。

一方、労基法第141条第3項に規定する上限は、特定医師個人に対する時間外・休日労働時間の上限(時間外・休日労働時間の上限)を指します。本上限は、特定医師個人に対する上限という性質上、副業・兼業があった場合には、副業・兼業先の医療機関における時間外・休日労働時間と自らの医療機関における時間外・休日労働時間を合わせた時間数が、当該上限の範囲内である必要があります。

そこで、特定医師が副業した場合について考えると、「特別延長時間の上限」は、上記のとおり36協定において協定する際の上限ですので、それぞれの医療機関における時間外労働が36協定に定めた延長時間の範囲内であるか否かについては、自らの医療機関における労働時間と他の使用者の医療機関における労働時間とは通算されません。

一方、「時間外・休日労働時間の上限」は、特定医師個人に対する時間外・休日労働時間の上限であり、労働者個人の実労働時間に着目し、当該個人を使用する使用者を規制するものとされています。 そのため、同上限の適用においては、自らの医療機関における労働時間及び他の使用者の医療機関における労働時間が通算されることになります。

Q&A4-3を参考に具体的に考えてみましょう。

Q 甲病院(B水準の病院)でB水準の特定医師として勤務する者が、乙病院(A水準の病院)でA水準の特定医師として副業・兼業を開始した場合、当該者に適用される上限規制はどのようになるか。
A ・・・特例水準に関する「時間外・休日労働時間の上限」については、A水準の規定にかかわらず、読替え省令に定めた時間が適用されることとされている。 そのため、お尋ねの事例であれば、甲病院(B水準)でB水準の特定医師として勤務する者が、乙病院(A水準)でA水準の特定医師としての勤務を開始した場合、当該特定医師については、労働者個人の実労働時間に着目した上限として、引き続きB水準における「時間外・休日労働時間の上限」が適用されることとなる。 ただし、乙病院(A水準)における時間外・休日労働時間は、乙病院の36協定の範囲内とする必要がある

このように、特定医師個人の実労働時間にかかる水準に応じた「時間外・休日労働時間の上限」と、事業所ごとの36協定の上限が適用されることになります。

なお、副業の場合、36協定の起算日が異なることも考えられます。この場合、それぞれの起算日に合わせて労働時間を通算し、当該起算日に基づき上限規制に当てはめることになります。 たとえば、甲病院(4月1日起算)とB水準である乙病院(10月1日起算)で勤務する場合、甲病院においては、対象期間の中に、B水準である乙病院(10月1日起算)での勤務期間が含まれることから、労働者個人の実労働時間に着目した上限として、両院において適用される「時間外・休日労働時間の上限」は、B水準に係るものとなります。したがって、次のようになります。

<甲病院>
4月1日~3月31日までの間で、時間外・休日労働時間を乙病院と通算して1年1,860時間以内
<乙病院>
10月1日~9月30日までの間で、時間外・休日労働時間を甲病院と通算して1年1,860時間以内
ただし、甲病院、乙病院ともに、自らの医療機関における時間外・休日労働時間は、自らの医療機関の36協定の範囲内とする必要があります。

以上のように、特定医師の時間外労働はかなり複雑であり、一見してわかりづらいものです。パンフレット等も活用して、まずは概要を理解するようにしてください。

お問い合わせはお気軽に。043-245-2288

参考リンク

医師の働き方改革(厚生労働省HP)